卒業式という物を生涯で4回程経験している。

言うまでもなく、小学校、中学校の義務教育、それと平凡な都立高校、そして専門学校である。

その中で一番印象深いのは、小学校の卒業式であろう。だがなぜか式本番よりも、卒業式当日に向けた練習の方が思い出深い。

それは総勢160名ほどの卒業生に一人一言のセリフを振りわけ、順々に大きな声で卒業の言葉を連ねて行く、その練習を何度も行ったからであろうか。

3学期に入ると繰り返し、繰り返しその練習が行われ頭にこびりついたのであろう。また、その練習とセットに行われる、卒業証書授与式の練習も思い出深い。

なにしろ普段は、鬼ごっこやカンケリで飛び回っている腕白坊主たちが(私もですが)、背筋をのばして厳かに歩行し、体育館の壇上にのぼり、証書を頂くのだ。

これほど緊張する練習もなかった。まだ練習だというのにガチガチになり、左手と左足を同時に前に出す者もいれば、階段でつまずく者、「はい」という返事がうわずってしまう者など、あらゆるかわいい失敗を見せられ、人間が緊張した時の誤動作の見本市のようだった。

今振り返れば、どれも取るに足りないちょっとした失敗だが(しかも練習だ)、当の本人は皆顔を真っ赤にして慌てふためいているのだから、まさに昭和の小学生ということであろう。そうした失敗とは別の楽しみもあった。ほのかに恋心を抱いていた「あの娘」は、どういう風にその場を乗り切るのであろうか?という興味だ。

小学生というのはまだ多様な価値観を持っておらず、モテる娘というのは大体、クラスに1、2名でクラスのほとんどの男子が同じ娘に恋心を抱くという現象が発生する。

その事を友人同士で話したり確認しあったりはしないものだが、普段の行動から「あ~お前もあの娘が好きなのか・・」と分かってしまう。

その為、次はクラスで人気の「あの娘」が壇上に上がるとなると僅かだが男子の間に妙な緊張と、しっかり見届けようという静寂と、あの娘が緊張して変な失敗をしませんように!という願いのようなものが入り混じった独特の雰囲気になる。

繰り返すが、この雰囲気はほんの僅かな物なので、それに気付かない者もいたであろう。そういう独特の雰囲気をよそに、練習のほぼ毎回で、当の「あの娘」はなんなく、「はい」と明朗に返事をし、すたすたと階段を上り美しく証書を頂き、男子一同に「やっぱりだ」とか「さすがだ」とか「もっと好きになった」とかの感情を持たせたものだった。

もう30年も前の事だが、未だに鮮明に思い出として残っている。「あの娘」は今どこでどうしているのだろうか。