この1年ほどデジカメを手に写真撮影を楽しんでいる私。時折会社帰りに家電量販店に立ち寄っては、デジカメの新製品や周辺機器など物色している。ところで、大抵の量販店のデジカメコーナーの隣にはビデオカメラが陳列されているもの。先日も売り場に行くと、私と同世代と思しき夫婦が店員の説明に耳を傾けている。これでお子さんを撮影するのかなぁ、と思いつつ私は小学校を卒業した日のことを思い出す。
実家にビデオカメラがやってきたのは約20年前のことだった。当時小学校の金管バンドでトランペットを吹いていた私。地域の小学校が集まってのパレードに出場することになった。父は是非見たいと言ってくれたが、当日父には仕事の予定が。「それならビデオでも撮ればいいじゃないか。」新宿の焼肉店で家族で食事中、私が何気なく言った一言に酔っていた父は上機嫌になり、店を出たあとまだ営業していた近くの家電量販店に向かった。その週のうちに実家にはビデオカメラとビデオデッキが届けられた。
母が私のパレードを撮影して、後日父がその映像を楽しんだのち、しばらくビデオカメラは仕舞われていた。次に箱から取り出されたのは、おそらく私が小学校を卒業する間際のことではなかったか。いや、その間に一度くらい私が頼まれて、父のゴルフスイングを撮影したことはあったかもしれない。とにかく購入にあたって金は出したが、自分でビデオカメラを手にとって何かを撮影するということはなかった父であった。
しかしながら、卒業式が近づいたある日のこと。両親が私が卒業証書を受け取る場面を撮影したいと言ってくれたまでは良かったが、母はカメラで写真を撮るということで、父がビデオの担当になった。
卒業式前日。私はビデオカメラのバッテリーを充電しながら、電源の入れ方、録画開始と一時停止の仕方、ズームの仕方・・・最低限の操作を父に教えていた。父の物覚えは悪かった。
「よしわかった。じゃあ撮り逃すことのないようにお前の出席番号の前の子が呼ばれたあたりから撮ってやるからな。」
そして悲劇は起こった。卒業式を終え、帰宅した私。夕食を終え、俺がちゃんと撮ってやったから、見せてみろという父に促され、ビデオカメラからテープを取り出しデッキで再生する。
・・・・??
テレビ画面には体育館の壁に掛けられていた紅白幕が真横を向いた状態で映し出されていた。よく耳を澄ますとなにやら声が聞こえる。
「はいっ。」
あ、I君が呼ばれてるところだっ。(そうか、三脚がなくてずっとカメラを構えているのは疲れるから、ずっと録画状態にしたまま、膝の上に置いていたのか・・・。)やがて出席番号16番のN君が呼ばれると、次は私の番である。映像は壁の紅白幕から舞台上の校長先生に切り替わった。そのときである。プツッという音が聞こえたかと思うと、映像は再び紅白幕に切り替わった。画面右下の時間表示は校長先生が映し出された瞬間から、約5分ほど経過している。名前を呼ばれ「はいっ。」と答えて立ち上がる、その声は同じクラスの女子だった。
かくして、私と私の出席番号前後数名を除く、同級生ほぼ全員の「はいっ。」が真横を向いた紅白幕の静止画とともに延々納められた、奇跡のビデオテープは完成した。
懸命な読者諸君なら、何が起きていたのかお気づきだろう。父は、司会の「卒業証書、授与」の声と共に、撮影に備えてビデオカメラの電源を入れた。その際に勢い余って録画開始ボタンを押してしまったにも関わらず、それに気づかぬまま、ビデオカメラは私の1つ前の出席番号の少年の名が呼ばれるまで、横に倒した状態で膝の上に置かれていた。レンズを、体育館の壁に向けて。そしてその少年の名が呼ばれたのち、父はカメラを舞台上へ向け、録画を停止したのである。そして録画されていないとも知らず、卒業証書を授与される息子をファインダー越しに見届けた父は、再びカメラを膝の上に戻し、録画を再開したのだった。
今もなお購入するビデオカメラを選んでいる夫婦の横を通り過ぎながら私は心の中でつぶやく。
「どれを買ってもいいと思うけど、操作方法はちゃんと覚えろよ。」