卒業式の思い出というと、さて、と考えてしまいます。その当時はいろんな思い、感傷、出来事があったのでしょうが、60歳になろうとしている頭に、思い出としてはっきり残っているのはあまり無いように感じます。

小学校の卒業式の思い出は、式当日よりも練習の時と終わった後の出来事が残っています。卒業する6年生の代表として答辞を読むことになり、その練習で先生の呼び出しの声に答えて前に進んで行くわけですが、途中まで進んだ時、先生の一声「ゴリラみたいに歩かず、スーっと歩け」が響きました。整列していた下級生共々、「ワー」という笑い声が上がったのは鮮明に覚えています。元々がに股歩きの傾向があったので、よっぽどゴリラ歩きに似ていたのかも知れません。このときからあだ名は「ゴリラ、ゴリ」となってしまい、今でも小学仲間からはこのあだ名で呼ばれています。

卒業式が終わった後の午後、隣接する中学校に入り柔道部の部室、体育館脇に積まれた畳を見て興奮したのも覚えています。卒業の前から、中学の部活では柔道をやるんだと、何回か出かけていて部長にも挨拶していたのですが、いよいよ正式に部員になれるという気持ちの高ぶりで興奮していました。

中学の卒業式も答辞の役でしたが、答辞の内容についての思い出が少し残っています。生徒会長をやっていたのですが、年3回の総会を一回しかやっていないことの謝罪を中心に話していました。けじめを付けられなかったことの反省と、後輩にはこうなって欲しくないとの気持ちから、大分感情のこもった語り口になっていた様です。

式の後先生方へのお礼の意味で父兄による謝恩会が開かれ卒業生も一緒に菓子など食べた様な記憶が有りますが曖昧です。それよりも雪国なので、校庭には雪を早く消すために生徒が立てた何本もの雪柱があり、それが太陽の光で溶け、傾いたり、表面がでこぼこになったり、あたかも別れを惜しんでいる人間の顔に見えたことが強く記憶に残っています。その雪柱の間を通り、3年間学んだ校舎を見、三々五々散っていく卒業生、在校生、父兄の姿を眺めている内に卒業式では出てこなかった感傷が、どっと出てきて、他の人に顔を見られないように足早に校庭を抜け出したことが懐かしく思い出されます。